タイトルの「麦の穂をゆらす風」はアイルランドで古くから歌い継がれている伝統的な名曲です。
詩人ロバート・ドワイヤー・ジョイスの詩にアイルランド独立を掲げるアイルランド党の青年が曲をつけたもの。
メロディーラインは牧歌的で静か。でも、訳詞を読むと全く違っていた。
恋人への想いと独立への強い意志と、恋人を奪われた悲しみと、それらが胸がしめつけられるような感じで迫ってくる。
読めば読むほど心が痛くなる感じでした。
この歌に込められた思いが、そのまま、この映画に吹き込まれているような気がします。
この映画は2006年度のカンヌ最高賞であるパルムドールを受賞。
それも不利と言われるオープニングに上映されたにもかかわらず、審査員の全員一致で選ばれてます。
監督はケン・ローチ、70歳。
代表作は「ケス」「大地と自由」など。
社会問題を背景において、その中での主人公の人間ドラマを描く事が多いそうです。
イギリスのBBCテレビに入社し、多くの傑作ドラマやドキュメンタリーを演出し、その経験が映画監督へとつながったそうです。
ワタシが1番驚いたのは、監督はアイルランド人ではなく、英国人であった事です。
英国人が、やってきた不当な事実を受け入れる事が、英国の明日につながると考えたのでは、と思います。
映画は力強く、ズッシリ重みのあるものでした。
骨太で、ごまかしてない。いい作品です。
内容は、辛かったのですが、アイルランドの風景が美しく収められていて、少し救われました。
主人公、デミアンを演じたのが、キリアン・マーフィー。
もう彼の演技から目が離せなくて、最後まで見入ってしまいました。
とにかく、すばらしかった!
ずっとワタシは、キリアンに引っ張られてました。
キリアンは、この映画の舞台であるアイルランド、コーク出身です。
実際に、彼の祖父も音楽を演奏中に銃撃されてます。
キリアンは、ケン・ローチ信奉者で、今回の役がどうしても欲しくて、6回も面接を受けたそうです。
「パルムドールは、彼の演技あってこそ」と監督に言わしめたキリアン。
ワタシはキリアンが、アイルランド出身という事は知ってたけど、まさかコーク出身とまでは知らなくて・・・彼の全身から放つものは、そういうものからだったのかもしれません。
映画は、独立戦争から内戦にいたる1920年代のアイルランドが舞台です。
この頃を描いた映画は「マイケル・コリンズ」とかありますが、この映画は、歴史上には残っていない名もなき人々の話でした。
歴史上の人物を扱ってないからこそ、ドラマ性を持たせる事が出来たと思います。
だから、映画として見たらおもしろい!
歴史上の構築も、しっかりしているので、そのドラマにも説得力があります。
兄と弟が、アイルランドの独立条約の内容によって、対立してゆく様子が、この映画の柱になってると思います。
今まで共に戦っていた同志が、そして兄弟までもが、今度は殺し合うんです。
その歴史上の事実は、今まで知りませんでした。
それを知る事が出来るだけでも、大きな価値のある映画です。
戦いの中で、若者たちが高揚してゆく一方で、組織に縛られ、個人を殺して前に進むしかない様子は、いつの時代にも通じるものを感じます。
ケン・ローチの目線は、すばらしい!